隣の部屋では夕方亡くなった母が形を整えられて静かに寝ていました。
キッチンで兄弟と話したことが印象に残っています、母のことをどう思っていたかとなんとなく話題になりました。亡くなった母の肩を叩き呼び続けていた兄弟の1人は、母は自分にとっては友達だ、もう1人の兄弟は守るもの、私は守らなくてはいけない小さな花だと。それぞれの母に対する思いは違うのだと感じました。
もう一つは、銀行通帳はどこにあるかと1人が尋ねたことでした。母に頼まれ私が預かっていたので、そう伝え、今日は持っていないと言うと、不機嫌になりました。預かるようにと言われたからだと言い放っておきました。もう1人も彼に加勢しかけましたが、事実なので繰り返し伝え放っておきました。その時、伯母から電話があり、自分が100歳になったと喜びの声で伝えてきました。間が悪かったです。
明日は葬儀屋が来て母を運び出し翌日は安置所に置き、翌翌日はお葬式で火葬にすると決まりました。葬儀屋の手順通りでしたので、特に問題はなかったです。
翌日、葬儀屋は白い手袋をして一度手を合わせると、母をささっと白い布袋にくるみ、玄関から2人がかりで運び出し大きめの白いワゴン車に乗せました。昔のように霊柩車ではなく、ただの白い車でした。私達は母を乗せた車が見えなくなるまで手を合わせ、頭を下げていました。
自分の家に戻り持ってきた母の写真を分類し百均の小さなアルバムに入れました、葬儀の待ち時間で少しでも母のことが話題になるようにと。
その翌日の葬儀は滞りなく行われました。兄弟の嫁が母の写真を見ながらこんなにたくさんあるのなら邪魔になるしPCに入れればいいと事も無げに言いました、誰がそのデータを入れるのだろうかと思いました、無視しました。
次回、実家で兄弟と共に今後の手続きや遺産整理の相談をする日取りを決めて葬儀は終わり解散しました。
母の骨は長年透析をしていたのでとても脆く粉々でした。
森番ロッチャンguardaboschiRO
初めて飼ったトイプードルの記録🐶、ワインとアテとイタリア、遺品整理の振り返り、自作の絵、ゆるめです、
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